人間幸せになると、周りの人にも幸せになってもらいたくなるものだ。
初恋が実った朝陽は英夫と優美の事を考えていた。

(あの二人って絶対お似合いだよ 何かいい方法ないかな・・)

朝陽はいろいろ考えてみたが、なかなかいい考えが浮かばない。

6月に入るともうすぐ朝陽の誕生日がやってくる。

(もうすぐ14才かぁ 誕生日・・・  あっ、これいいかも!)

朝陽は思いついたアイデアをまとめていった。



「ねえお父さん、もうすぐ私の誕生日なんだけどお父さんにお願いが有るの」

「何だ?」

「あのね、その日ってお店の定休日でしょ。
私ね、お父さんのマルゲリータが食べたいな。
お店に一人で座って、お父さんが私のためだけに焼いてくれたマルゲリータが食べたい」

「そんなんでいいのか? どこかレストランでも行って・・・」
「いいの、お父さんのマルゲリータが食べたいの!ねえ、いいでしょ」

「まあ、いいけど」
「やったぁ、お父さんありがとう!」

 

 

 

 

ー6月15日ー  朝陽の誕生日

英夫は夕方店に入るとまず釜に火をいれた。
窯の温度が上がって美味しいピッツァが焼ける様になるまで3時間はかかる。

朝陽の予約は7時。
もちろん、今日の予約はこの1件だけ。
朝陽の貸し切りだ。

6時半になると英夫は釜の温度を確かめた。
釜の中に手を入れるのだ。

普通の人では完全に火傷するところだが、コックという人種は火に慣れてしまう。
大抵の事では火傷しなくなるから不思議だ。

窯の温度は充分上がっている。
生地の状態も申し分ない。

 

(よし、最高のマルゲリータが焼けるぞ)



7時5分前。

店の入り口が開いて予約の女性が来店した。



入ってきたのは・・ 優美。

 


「あれっ、優美どうしたんだ?」
「朝陽に言われて来たんだけど・・・ 朝陽は?」

「いや、まだ来てないぞ。一緒に食べるつもりなのかな?」

 

 

 

 

二人が話していると休みのはずの真由が入ってきた。

真由はソムリエの格好をしている。

 


「いらっしゃいませ優美様。こちらのお席にどうぞ」

 


英夫も優美も何が起きているのか全くわからない。



「真由、お前何言ってんだ?それに、その格好・・・」

 

 


「村上朝陽様からのプレゼントでございます。
優美様はどうぞこちらの席へ」

真由が真面目くさった顔でイスをひく。
優美はとりあえず言われた通りに座る事にした。


「ご注文はマルゲリータでよろしいですね?」
「えっ、はぁ・・? じゃあ、それで」

 

 


真由が英夫にオーダーを通す。


「最高のマルゲリータお願いします」

英夫はまだ理解出来ていなかったが、雰囲気に呑まれてマルゲリータを焼く事にした。
いつもの様にフライングで器用に生地を伸ばして窯の中に入れる。

ジャスト1分30秒。

香ばしく焼け上がったマルゲリータを窯の中から取り出すと熱々の皿にのせる。
英夫自身、ここまで完璧な状態で焼いたのは久しぶりだ。

 


そのタイミングに合わせて真由が冷たいビールを注ぐ。


グラスについた水滴ときめ細かい泡。
ピッツァの焼けた香ばしい薪の香り。
まさに最高の組み合わせだ。

 

 

「どうぞ、熱いうちにお召し上がりくださいませ」

優美がピッツァを一切れ切って口に運ぶ。
口の中でとろけたチーズと薪の香ばしい香りが絶妙のバランスで重なり合った。

優美は冷めないうちにマルゲリータを綺麗に平らげた。

「ごちそうさま、本当に美味しかった!」

真由は空いた皿を下げると、優美の向かいのイスをひいて英夫に声をかけた。

「シェフ、どうぞこちらにお座りください」

英夫が言われた通りに席につく。

真由が白ワインの”エスト・エスト・エスト”の栓を抜いてきた。
このワイン ”美味しいものはここにある”という意味の名前がついている。

真由はワインとグラスを2つテーブルに置くとポケットから手紙を取りだした。

そして、優美に手紙を渡すと「では、私はこれで失礼します」と一礼して店を出て行った。

残された英夫と優美が思わず顔を見合わせる。

「どうなってんだ?」
「私が聞きたいわよ」

優美は手紙を開けてみた。
「朝陽からだよ、読むね」

優美は声を出して手紙を読み始めた。

 

 

 

「優美ちゃん、お父さんのマルゲリータはどうでしたか?
とっても美味しかったでしょ!


私はお父さんのマルゲリータが大好き!
もちろんお父さんも好き!優美ちゃんも大好き!


優美ちゃんマルゲリータってね、トマトソースとバジルとモッツァレラの3つの食材で出来てるんだよ。
どれかひとつでも欠けたら美味しくないんだよ。


優美ちゃん、私のお母さんは私を産んだ時に死んじゃってお父さんとずっとふたりっきり。
お父さんと二人の生活は楽しくて寂しいって思った事は一度も無いけど、お父さんと私と優美ちゃんの三人で暮らしたらもっともっと楽しいかもって思います。


きっとお父さんのマルゲリータみたいな美味しい生活になるだろうって・・・

お父さんは絶対、優美ちゃんのことが好きです。
優美ちゃんもお父さんのことが好きだよね。
私は二人とも大好き!


お父さんが教えてくれたよ。
ピッツァの寿命は5分だけだって。

あとはどんどん冷めていって美味しくなくなるって。

優美ちゃん、早くしないとおばあちゃんになっちゃうぞ!

       朝陽」


手紙を読み終わった優美の頬にひと筋の涙が流れている。
英夫は優美の顔に手を伸ばしてやさしく涙を拭いた。

二人の間にゆったりとした時間が流れている。
朝陽が作り出してくれた優しい気持ちの良い空間だ。

 

 

 


「優美」
「なあに?」

「いきなりひとりの子持ちになるけどいいのか?」

英夫の言葉に優美が笑顔で返した。



「ひとりじゃ無くて、ふたりでしょ 英夫君!」

貸し切りの店内に二人の楽しそうな声が響きわたった。

 

 

 

 

 

 

披露宴会場では友人達と熱唱する朝陽を写真に収めようとカメラを持った人達が前の方へ集まっていた。

フラッシュの光に包まれて歌う朝陽は、この世の喜びを独り占めしたかの様な笑顔をしている。

歌が終わると拍手の渦に包まれながら新郎・新婦はお色直しの為いったん退場。
主役のいなくなった会場はさっきまでと様子が一変した。

ここぞとばかりに料理を食べまくる者。
ビール片手に新婦の友人の席をまわり、必死にアピールする新郎の友人達。

久しぶりの再会を祝して乾杯を繰り返す学生時代の友人席。
ここは完全に居酒屋状態。


テーブルが掘りごたつで無いのが不思議なぐらいだ。

このタイミングでスピーチをする人は可哀想だ。
主役はいないし、誰も聞いちゃいない。
本人だけが顔を真っ赤にして、徹夜で暗記したスピーチを必死に棒読みしている。

緊張のあまりスピーチの途中で度忘れしてしまったところへ「頑張れ!」と声をかけてくれた親戚のおじさん。
本当にありがとう!

 

 

「朝陽は幸せだな、こんないい人達に囲まれて・・・ なぁ、優美」

英夫の言葉に優美の返事は無い。

 


「優美?」

 


優美は眉間にしわを寄せて苦しそうにしている。
必死で何かに耐えている様だ。

「おい、大丈夫か? おい!」
英夫の言葉に優美は無理に作った笑顔で応えた。

「大丈夫・・   すぐ良くなるから・・・」
「いや、やっぱりすぐ病院に行こう」

「そんな事したら朝陽が可哀想でしょ」
「だけど、お前・・」

「ほら、出てきたわよ」
英夫の言葉を優美がさえぎった。

グリーンのカクテルドレスに着替えた朝陽が直志にエスコートされて入場すると会場から歓声があがった。

英夫は幸せそうな二人を眺めながら、初めて直志と会った時の事を思い出していた・・・

 

 

 

 

 

 

ー6ヶ月前ー

この日、英夫は朝からそわそわしていた。
今日は久しぶりに朝陽と夕食を食べることになっている。
電話が有ったのは先週のことだ。

「お父さん、会ってほしい人がいるんだけど・・・」

年頃の娘が会ってほしい人といえば彼氏に決まっている。
しかし英夫のなかでは朝陽はまだまだ子供のままだ。

苦労して育てた娘がどんな相手を連れてくるのか心配でしょうがない。

(変なやつだったらどうしよう?
もし俺より年上だったら・・・!?)

英夫は朝陽がおじいさんの手を引いてくる光景を想像して腹が立ってきた。

(人の大事な娘をだましやがって、このエロじじい!)

英夫は勝手に朝陽の相手をエロじじいと決め込んでいた。



英夫と優美がレストランに着いたのは予約の15分前。
朝陽達はまだ来ていない。
席に着くと優美が英夫をたしなめた。

「英夫、そんな怖い顔しないで。相手の人がかわいそうでしょ。
別に悪い事してるわけじゃ無いんだから」

「おい、お前エロじじいの味方するのか!」
「エロじじいって誰よ?」
「朝陽を騙したやつだ!」
「何、言ってるの?」

 


その時、英夫のすぐ後ろで朝陽の声がした。
「お父さん、優美ちゃんお待たせ!」

 

 


その声に英夫が勢いよく立ち上がりながら振り向いた。

「おい、このエロじじい!  じゃない・・・」

朝陽と並んで立っているのは間違いなく青年だ。
じじいでは無い。

 

 

青年は突然立ち上がった英夫にちょっと面くらいながらもきちんと挨拶をした。

 

 


「初めまして、吉沢直志です。
今日はお忙しいところお時間をとって頂いてありがとうございます」

 


その、きちんとした態度に英夫も「あっ、いえ、こちらこそ朝陽がいつもお世話になってます」と頭を下げざるをえなかった。

朝陽と並んで座った直志は優しそうな好青年で、人柄の良さが目元ににじみ出ている。

食事が終わってコーヒーを飲む頃には、直志はすっかり村上家の仲間入りをしていた。

頃合いを見計らって朝陽が今日の本題を切り出す。

 

 


「お父さん、大事な話があるんだけど・・・ 私達、結婚しようと思うんだ」

 


優美はおそらく事前に相談されていたのだろう、うなずきながらにこにこしている。

みんなの視線が自然と英夫に集中する。

英夫はまだ会って間もないこの青年のことがすっかり気に入っていた。


初恋の相手と10年付き合って、そのまま結婚というのも朝陽らしくていいんじゃないか。

しっかり者の朝陽が選んだのだから、きっとこの男に間違いは無いだろう。
英夫は直志の目を真っ直ぐに見ながら言った。

 

 


「直志君、知ってると思うが朝陽の生みの親はこの子を産んだときに死んでしまって、こいつには苦労ばかりさせてきた。

小学生の頃から家の事を全てこなし、俺みたいなダメ親父の面倒をみて、それでもいつも明るくてグチなんて言った事が無い。

直志君、俺の1番の夢はね ”朝陽に幸せになってもらう事” それだけだ。
君は朝陽を幸せにする自信が有るか?」

 


「自信は有りませんが・・・ 全力で幸せにします」

 


「本当だな、俺と約束できるか?」
「はい、約束します」

 


「もし朝陽が不幸になる様な事が有ったら、その時は世界中のどこだろうが追っかけていってお前をぶっとばす。
いいか?」

「はい、必ず幸せにしてみせます」

 

 

 

 

英夫はずっと直志の目を見ながら話していたが、直志はいちども英夫から視線をそらさなかった。

 

 


英夫はしばらく黙って直志を見つめていたが、この男の朝陽への思いが伝わったのだろう、ふっと優しい目になった。



「直志君」
「はい」

 


「朝陽を幸せにしてやってください。よろしくお願いします」
英夫が深々と頭を下げる。

娘への思いがこもった優しい言葉だった。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 


朝陽は二人のやりとりを聞いていて涙が止まらなかった。

 


「お父さん  私ね、お父さんと優美ちゃんと直志君と・・・ こんな素敵な人達に囲まれてもう充分幸せだよ。
お父さん、私、苦労なんてした事ないよ。
ありがとう・・・ お父さん、ありがとう」


「良かったね朝陽、ところで結婚式はいつ頃するつもりなの?」
「6月がいいかなと思ってるんだけど・・・」

それから結婚式の話になると、女子二人は急に盛り上がってきた。
ウエディングドレスやお色直し、ウエディングケーキなどなど・・・

こうなると男どもは黙って聞いているしかない。


「あっ、痛っ・・・」


優美が急にしかめっつらをして、こめかみのあたりを押さえた。

 


「どうしたの頭痛いの?」

「うん、ちょっと飲み過ぎたかな?
最近飲んでないから、弱くなったかなぁ・・・」

 

 


この場にいた誰もが優美の言葉に疑いなど持っていなかった。


「ただの飲み過ぎ」そう思う方がむしろ自然だ。

優美はまだ、こめかみを押さえている。



この時、優美の体に小さな小さな【悪魔】が巣くっているなどと誰が気付くだろう。

 
しかし奴はひっそりと、だが確実に優美の体の中で息づいていた・・・

 

 

 

 

 

朝陽の結婚式の10日前・・


優美はこのところ、どうも体調が優れない。
半年ほど前から頭痛がする様になったのだが最近は特にひどくなってきた。

時々、耳の奥のほうが激しく痛む。
ひどい時はあまりの痛みにうずくまってしまう程だ。

見かねた英夫が病院での検査をすすめてきた。

元来、健康で病院嫌いの優美は検査を先延ばしにしてきたのだが、英夫の「何でもないって言われたら安心するだろ」の言葉に検査を受ける事にした。

朝陽の結婚式まであと10日と迫ったこの日、優美は1日かけてひと通りの検査を済ませた。



1週間後・・・

 

 


1通の白い封筒が村上家に届けられた。
検査結果を知らせる封筒は無機質で、どこかよそよそしい顔をしている。

結果は・・・  


   【再検査】


担当医の直筆ですぐに病院に来る様にと書かれている。
楽天家の優美は再検査になるなどとは思ってもいなかったので、この結果には相当ショックを受けた様だ。

翌日が英夫の店の定休日だったので、優美は病院に電話して予約を取ると英夫に相談した。

「ねえ、この前の結果なんだけど再検査になっちゃったのよ。
明日行くんだけど一緒に行ってくれない?」

英夫は検査結果の用紙を真剣な顔で見ていたが、どこがどう悪いかは書いていない。

 

 

 

「もちろん行くよ。
行って医者に文句言ってやる!
こんなに元気な病人がどこにいる?
昨日だって、牛丼つゆだく大盛りをおかわりしたんだぞってな」

「こらっ!それは言うな!」

優美は笑って応えたが、英夫の表情は一抹の不安でいまひとつ晴れなかった。



翌日・・・

優美が検査を受けている間、英夫は待合室で待つ事にした。
英夫も病院というやつが大嫌いだ。

ここに来ると、優子を亡くした時の事を思い出してしまう。

優美の検査はずいぶんと長引いている様だ。
イスにじっと座っていると睡魔がおそってくる。
英夫は仕事の疲れからか、少しウトウトしていた。



「・・・さん  村上さん」

 


名前を呼ばれてハッと起きあがると、受付の若い女性と目があった。

「村上英夫さんですか?」
「はい、そうです」

「先生が奥様の検査結果の事でお話があるそうです」
「はい、わかりました」

「そちらの6番の部屋へ、よだれを拭いてからお入りください」
そう言われて慌てて手を口元へ持っていくと、確かによだれが垂れている。

(たしかにそうだけど、他に言い方があるだろ)

 

 

 

英夫はちょっと腹を立てながら6番の部屋をノックした。

部屋に入ってイスに座ると、医者が信じられない言葉を口にした。

「ご主人、奥様の検査結果をお話しいたします。
結論から申しますと、奥様の脳に悪性の腫瘍が発見されました。
今すぐに入院して手術する必要があります。
早ければ早いほど助かる確率は高くなりますので」



(何言ってんだこいつ・・・  腫瘍?  助かる確率?)

英夫はあまりの予想外の結果を受け止められないでいた。

茫然自失の英夫に医者が声をかける。

 

 


「ご主人、大丈夫ですか?」

ハッと我に返った英夫が口を開いた。

「妻はこの事を・・・」

「もちろん、まだ知りません。
告知は難しい問題です。
伝えない方がいいかとは思いますが・・・ 受け止められる方には告知した方が良い場合も有ります」

「そうですか・・・」
英夫はショックのあまり何も考えられない。

「ご主人、気をたしかに持ってください。
まだ駄目だと決まったわけでは有りませんから」

「先生、妻は助かるんですよね?」

「もう少し詳しく検査してみなければわかりませんが、かなり進行しています。
今まで普通に生活出来ていた事が不思議な位です。
転移が無ければ良いのですが、正直、五分五分といったところでしょう」


「五分五分・・・ わかりました先生、よろしくお願いします。
妻を助けてください」

深々と頭を下げる英夫の目から涙がぽろぽろと流れ出た。

 

 

英夫は涙を拭いて気を落ち着けると、医者とともに優美の待つ病室に向かった。

ベッドの上で静かに横たわっている優美が、英夫の顔を見つけて嬉しそうに微笑んだ。

「やっと検査終わったよ。さあ早く家に帰ろうよ」

起きあがろうとした優美を英夫がやさしく手で制した。

「優美、もう少し検査が必要らしいんだ。
だから今日からしばらく入院が必要だってさ」

「今日から入院って・・・ そんなの無理に決まってるじゃない!
あさっては朝陽の結婚式だよ!
検査ってなんの?
ねえ・・・  私、なんか変な病気なの?」

優美が不安そうな顔を英夫に向ける。
英夫は優美の目を見る事が出来なくて、思わず顔をそむけた。

その目から流れ出る涙を英夫は止める事が出来なかった。

「ちょっと、なんで泣いてるの?
正直に言って!私の病気は何…? なんなの!」

 


英夫はいったん優美の目を見ると、その視線を医者の方へ移した。
医者がゆっくりと頷く。

「奥様、私からお話しいたします。
検査の結果、奥様の脳に腫瘍が発見されました。
もう少し詳しく検査をして、すぐに手術を行う事が最善の処置だと思います。
手術は早ければ早いほどいいですから」

 

 

 

「腫瘍・・・」

 



さすがの優美もその病名が出てくるとは思っていなかったのだろう。

天井の一点を見つめたまま放心している。

しばらく天井を見つめていた優美の目がゆっくりと医者の方へ移っていった。

「先生、私が助かる確率ってどのくらいですか?」

「現段階では50%です。
詳しく検査してみないと確かな事は言えませんが・・」



「50%・・・」

 

 


病室は重苦しい空気に包まれていた。
告知によって患者が生きる勇気を失う事が一番怖い。

逆に告知されて生きたいという気持ちが強くなれば、良い結果につながる事も有るのだが・・・



優美は後者だった。

 

 


「50%しか助からないんじゃ無くて、助かる確率が50%も有るって事ですね。
わかりました先生、手術の方よろしくお願いします」

「全力をつくします。
それではこれから入院の手続きをしてまいりますので・・・」

「ちょっと待ってください。入院するのは娘の結婚式が終わってからにしてください。
あさってが結婚式なんです。
それが終わったら、すぐその足で入院しますから」

医者は即入院をすすめたのだが、優美の決心は固く頑として譲らない。

結局、この日は家に帰って結婚式の後に入院する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

朝陽の結婚式 ー前日ー

 
この夜、朝陽は久しぶりに実家で親子3人の幸せな時間を過ごしていた。

これだけキャラの強い3人が過ごしてきた時間はネタの宝庫で、思い出話をしだしたら尽きる事が無い。

「あれはお父さんが悪いんだよ・・・」
「いや、お前だって相当ひどかったぞ・・・」

「優美ちゃんも笑えるよね・・・」
「朝陽こそ・・・」

3人は夜遅くまで腹をかかえて笑いころげていた。

時計の針が12時を回り、ついにその日がやってきた。
優美が朝陽をやさしく抱きしめる。

「朝陽、幸せになってね」

「うん、優美ちゃんもね。今までありがとう」


「お父さん、今までありがとうございました」
朝陽が正座して英夫に頭を下げる。

「朝陽、こちらこそ、今までありがとう」

英夫も正座して頭を下げた。

「お父さん・・・」

朝陽の目から涙が流れ出たが、それがうれし涙なのか、寂しい涙なのか自分でもわからない。

「さあ、そろそろ寝るか。明日は早いからな」

「そうね、寝ましょう」
「うん、お休みなさい」

英夫は布団に入ってもなかなか寝付けないでいた。
朝陽と優美との思い出が次から次へとわいてくる。

「なあ、優美。朝陽が中学の時さ・・・   なんだ、寝ちゃったのか」


 


優美は眠っていなかった。
耳の奥の方が激しく痛む。

そのあまりの痛さに耐えるのが必死で言葉など出てこない。
優美は英夫に悟られない様に、布団の中で体をエビの様に丸めて必死で痛みに耐えていた。

 

⑤へ続く・・・