「いいかみんな良く聞け。今日のディナーはピッツァがストップだ。
生地の状態が悪くてお出しできないと説明しろ。
その変わりに、ゼッポリーネとグラスワインをサービスで出す。


ゼッポリーネは分かるな。


ピッツァの生地をちぎって岩のりをまぶして揚げたナポリの名物料理だ。
ワインが飲めない人にはデザートをサービスする。
それから次回来られた時に、最高の状態のピッツァをご提供しますと約束しておけ。
質問は?」

「ありません、大丈夫です」

ガチャはまだうなだれている。
「本当にすいませんでした・・・」

「落ち込むのは後にしろ。今、言った事にすぐ取り掛かれ。時間が無い!」

英夫がそう言った時、最初の予約のお客が入ってきた。

英夫はすぐテーブルに向かうと、今日はピッツァが出来ない事を伝えた。
開店当初から通ってくれているこの夫婦は英夫の説明に快く納得してくれた。

「わかったよシェフ。
僕らも美味しいものが食べたいからさ。
マルゲリータは次回の楽しみにとっとくよ」

「ありがとうございます」

英夫はキッチンに戻るとガチャに声をかけた。


「いいか、この事は忘れろ。今は目の前の料理に集中するんだ」
「はい、わかりました」

この夜の営業はガチャにとって忘れられないものになった。

こういった失敗はレストランにはつきものだ。

発注ミス、仕込みの間違い、在庫確認や予約の連絡ミスなどなど・・・
人間のやる事に100%などない。

大事なのは、今目の前にいるお客様にどうやって満足してもらえるかだ。
英夫をはじめ、この店のスタッフはそこをきっちり理解している。

ガチャのミスをかばおうという意識は無く、今日来てくれたお客様に満足してもらえる様に、その為だけに全力をつくしている。

 

 

 

この日の最後のお客様を全員で見送ったスタッフは、心地良い疲労感に包まれていた。
店に戻ると真由が全員にビールを配った。

「マネージャーどうぞ、シェフお疲れさまです。ほらガチャも」

「おつかれー。
マネージャーありがとうございました。真由もごくろうさん、今日の接客は最高だったぞ。なっ、ガチャ」

「はい。みなさん今日は本当に申し訳有りませんでした」


ガチャが深々と頭を下げる。

「もういいって、ほら飲みなよ」


真由が笑顔でビールのグラスを渡す。
その目にガチャを非難する様子は全く無かった。

「さあ、片付けるか!
明日は土曜日だからな。今日は早く帰って寝ようぜ」

「シェフ、片付けは俺一人でやります」

「もういいから気にすんな」

「いや、やらせてください。じゃないと気がすまないんです」

英夫はちょっとの間、ガチャの顔を見ていた。

「わかった。それで気が済むならそうしよう。
だけど明日は元通り元気にやれよ、わかったな」

「はい、ありがとうございます」
ガチャは背筋をピンと伸ばしたまま深々と頭を下げた。

「よし、帰るぞ。真由もあがれ」
「えっ、でも・・・」
「いいから一人にしてやれ」
「はい、わかりました」

真由は申し訳なさそうに「じゃあ、ガチャ先に帰るね。又、明日ね」と言った。


「お疲れさまです。また明日よろしくお願いします」


みんなが帰ったあと、ガチャは一人で店の中を片付け始めた。
一人になると自分の失敗の重大さが身にしみてくる。

今日来てくれた人達はピッツァが一番の目当てだったかもしれない。

(自分だったら相当がっかりするよな・・・)

考えれば考えるほど自分が駄目な人間の様な気になってくる。
考えまいとするほど、大きく膨れあがった生地が頭に浮かんでくる。


ガチャは今日の失敗を思い返して、どんどん落ち込んでいった。

 

 

 

 

 

ー次の日ー


英夫が店に着くと、いつもは時間ぎりぎりに駆け込んで来るガチャがすでにキッチンで仕込みをしていた。

よほど早く来たのだろう、今日やるべき仕事はほとんど終わっていた。

「おはようございます!」
ガチャは英夫を見ると元気に挨拶したものの、その表情は微妙に暗い。


(こいつ、そうとう落ち込んでるな)

英夫は昨日の話題には触れず、普段通りに仕事を進めていった。
ランチタイム中も店の空気は微妙におかしかった。

こういう小さな店ではちょっとした事で雰囲気がすぐ変わる。
包丁の音で有ったり、従業員の声のトーンで有ったり・・・

そういったものが積み重なって店の雰囲気を作っている。

営業自体はスムーズにいったものの、スタッフ全員が何か違和感を感じていた。
ランチタイムが終わると英夫はガチャを外へ連れだした。



商店街の外れまで歩くと小さな駄菓子屋がポツンと立っている。
3坪ほどの狭い店内には駄菓子とおもちゃがぎっしりとつまっている。

どれかひとつでも抜いたら、きっと店ごと崩れ落ちてしまうだろう。

店番をしてい
るのはこの店と同化したおばあちゃん。
耳が遠い事を除けばとても元気で、1日中にこにこしながら店先に座っている。

「ばあちゃん、こんにちは。いい天気だね」


英夫が声をかけると、おばあちゃんは


「なにお世辞言ってるの、あたしゃもう80越えてるよ」
と、絶妙なボケをかえす。

 

「ばあちゃん、ラムネ2本もらうよ。はい、お金」

英夫はおばあちゃんの手に代金を握らせると、おばあちゃんと同い年の古ぼけた冷蔵庫からラムネを取りだした。

「ほら、飲め」
ガチャに1本渡して店先のベンチに並んで座る。



「お前はまじめだな」
「えっ?」

「昨日の失敗で相当参ってるだろ。
でもな、完璧な人間なんかいやしない。
最初から何でも出来るやつもいない。
みんな失敗を重ねて成長するんだ。俺なんか相当ひどかったぞ」

「シェフが・・・   想像つかないです」

「俺は人一倍不器用だったからな。
そのかわり人の三倍あきらめが悪かった」


英夫はそこでいったん言葉を切ると、ラムネをぐいっと飲んだ。

「いいか、失敗を重ねたやつほど人にやさしくなれる。
その時の気持ちが痛いほどわかるからな。
それに大抵の事は過ぎてしまえば笑い話だ。
いろんな失敗したやつの方が人間としても魅力が出るぞ」

 

 

「シェフ・・・  ありがとうございます。
励ましてくれるのは嬉しいんですが、自分が情けなくて・・・
難しい仕事を失敗したならしょうがないけど、いつもやってる事を失敗するなんて、きっと気が緩んでたに違いないんです」

英夫は残ったラムネを一気に飲み干すと、ガチャの言葉が終わらないうちに突然ビンを道路に叩きつけた。


ガチャーンと凄い音がしてビンが砕け散る。

ガチャはビクッとして飛び上がったが、耳が遠いおばあちゃんはピクリともしない。
相変わらずにこにこ笑っている。

英夫はビンの中に入っていたガラスの玉を拾い上げると、静かな口調で話しはじめた。

「ガチャ、これなんだか知ってるか?」
「えっ、ビーダマですよね?」


「違うぞ、これはな”エーダマ ”だ」

「えっ?」

「このラムネのビンに入れるガラスの玉はな、まん丸で傷が無くて綺麗なものでないと使えないんだ。
これがA級品のエーダマだ。
ちょっとでも傷が有ったり、形が崩れたものは使い道が無いB級品のビーダマ。
お前、エーダマって聞いた事あるか?」

「いや、今初めて聞きました」

 

 

「そうだろ。エーダマはラムネのビンに使われる。
でもビーダマは使い道がない。


捨てるのはもったいないから色をつけたりして、子供のおもちゃになった。
ところがこれが大ブレークして、本来使い道の無いB級品の方が人気者になってA級品の方の名前は誰も知らない」

「ガチャ、お前は完全にビーダマ人間だよ、俺と同じでエーダマにはなれない。
失敗して、傷ついて、それでも頑張って生きてくんだ。
でもな、そんな奴ほどみんなに好かれるじじいになるよ。
お前はきっと味の有る面白いじじいになる。
だから、今のうちにたくさん失敗していっぱい傷作っとけ」



「ビーダマ・・・  ありがとうございます!
そっか、俺なんかエーダマの訳ないですもんね」

ガチャの顔にやっと本当の笑顔がもどった。

 


英夫はガチャの頭を軽く叩くとイスから立ち上がった。

「よし、じゃあ店に戻るぞ、ビーダマ軍団が心配してるからな。
お前ビンの破片だけ掃除してから戻れ。
じゃあ、ばあちゃんまたね、ごちそうさま!」

「へぇ、偶然だね、わたしも乙女座なのよ」
おばあちゃんは相変わらずにこにこ笑っている。

ガチャはビンの破片を全部拾うとおばあちゃんに手を振った。

「じゃあおばあちゃん、俺も帰るね」

「いやぁ、私にピコ太郎は無理じゃないかねぇ」


おばあちゃんは相変わらずにこにこ笑っている。

ガチャはおばあちゃんのナイスボケを背中で聞きながら、にやっと笑った。

(きっと、あのおばあちゃんもビーダマだな)

 

 

 

朝陽はこんな素敵な仲間達に囲まれながら、料理の仕事を覚えていった。

なかなかピッツァには触らせてもらえなかったが、プロのキッチンで料理が出来る環境は朝陽にとって最高に楽しいものだった。

しかし料理と家事に追われている朝陽もやはり女の子。
中学生にもなれば、好きな人が出来ない方がおかしいだろう。


 


朝陽、中学2年の春・・・


その日の午後、優美が店の外を掃除していると学校帰りの朝陽がやってきた。

「あら朝陽、これから店行くの?」

「うん・・  ねえ優美ちゃん、ちょっと相談が有るんだけど・・・」

朝陽にしては珍しく歯切れが悪い。
少し頬が赤くなっているのは夕焼けのせいだけでは無い様だ。

「相談?いいよ、中に入ろっか」

優美は掃除の手を休めると店の中に入っていった。

小さなイスを出して朝陽を座らせると、顔を覗きこんでいたずらっぽく言った。

 


「さては朝陽、好きな人ができたな!正直に言いなさい」

「ばれたか!」

朝陽がぺろっと舌を出す。

 

 

「あんたって分かりやすいわね。同じクラスの子?部活の子?
それとも・・ まさか、八百屋の親父さんじゃないでしょうね」

「まさか、違うよ!バスケ部の先輩だよ」

「そっかぁ、イケメン?」

「そうでもないよ。
だけど、いつも一生懸命でちょっと天然で目がはなせないって感じかな」

「それって、まるっきり英夫じゃない!」

「そうそう、あんな感じ!」

優美は嬉しそうに朝陽の頭を撫でた。

「なかなかいい趣味してるじゃない。で、どうするの?」

「そこなのよ!夏の大会が終わったら3年生は引退でしょ。
高校に行っちゃったらもう会えないし
今のうちに気持ちを伝えた方がいいのかなって・・
優美ちゃんどう思う?」

「朝陽はどうしたいの?」

「うん・・ 好きなんだけど もし振られたらどうしようって・・ もう会えなくなっちゃうのも嫌だし」

優美は優しい目で朝陽を見つめている。

 

 

「わかるなぁその気持ち。私もね、中学の時に大好きな先輩がいてね。
さんざん悩んだけど結局、告白出来なかった」

「それで?」
朝陽が身を乗り出す。

「そのまま先輩は高校で彼女が出来て私の初恋はおしまい」

「告白しなくて良かったってこと?」

「それが違うのよ。
後から別の先輩に聞いたんだけど、実はその先輩も私のことが好きだったんだって。
だけど結局言い出せなくて、私の事をあきらめたらしいのよ」

「えーっ、そんなことって有るの!」

「ねえ朝陽、その後私がどれだけ後悔したかわかる?
その時思ったよ。
傷つくのと後悔するのだったら、まだ傷ついた方がいいって。
傷は癒えるけど、後悔って一生消えないよ」

優美はちょっと遠い目をして言った。

「今でも時々思い出すよ。なんであの時、自分の気持ちに正直にならなかったんだろうって」

「優美ちゃん・・ 本当に好きだったんだね」

「うん」

甘酸っぱい思い出がよみがえったせいか、優美は少女の様な顔をしていた。

朝陽はそんな優美のことが大好きだ。



(優美ちゃんって私にとってなんだろう・・
何でも話せる友達?
優しいお姉さん?
それとも   お母さんみたいな・・・!?)

朝陽は優美がお母さんだったらどんなに素敵だろうと思った。

 

 

「優美ちゃん、お父さんのこと好き?」

朝陽が優美の顔を覗きこんだ。

「朝陽、前にも同じこと聞いたよね・・ 好きだよ、朝陽と同じくらい」

優美はちょっと顔を赤くしている。

「わかった、お父さんの事はまかしといて!
お父さんも絶対優美ちゃんのことが好きだから。
私が何とかしてあげるね」

朝陽は自分の胸をドンっとたたいた。

優美はそんなまっすぐな朝陽の事が大好きだ。

「ありがとう。
ねえ朝陽、そろそろお店行く時間じゃないの?」

時計の針は六時半をまわっている。

「いっけない!
じゃあ優美ちゃん行くね。ありがとう」

朝陽がスカートをひるがえして店を出ていく。
優美は元気に走っていく朝陽の背中に呟いた。

(うまくいくといいね、朝陽)

 

 

 

朝陽が店に入ると、もうディナーの客が入り始めていた。
テーブルの上にはフラスカティのボトルと生タコのカルパッチョがのっている。

カルパッチョは少し食べた様だ。

朝陽はみんなに挨拶してコックコートに着替えると、ホールに出てカルパッチョを食べている客に話しかけた。

「お味の方はいかがですか?」

話しかけられた客はコックコート姿の可愛い女の子を見てびっくりしている。

「とても美味しいわよ。こんなに柔らかいタコを食べたのは初めて。
あなた、ここで働いているの?」

「はい。まだ修行中ですけど、そのカルパッチョ私が考えたんです。
美味しいって言ってもらえてとっても嬉しいです」

朝陽はこぼれる様な笑顔でそう言うとキッチンへ戻っていった。

その様子を見ていたガチャが朝陽に話しかけた。

「朝陽ちゃん、自分の料理を食べてもらえるのって嬉しいよね。
俺も初めて自分で考えた料理を美味しいって言ってもらった時、泣きそうになったもんな」

「やっぱり!」

「朝陽ちゃん、今の気持ちを忘れないようにね。
自分の好きな人のために、自分が出来る一番美味しい料理を作ってあげたい。
いつもそんな気持ちで料理を作っていたら、その店はきっとお客さんに愛されるはずだからね」

ガチャは朝陽に語りかけているが、自分に言い聞かせている様でもあった。

「うん!ガチャ君ありがとう」

 

朝陽が微笑むと、ガチャは前歯をにゅっと出して応えた。

 

 

 

この日の営業はゆるやかなものだった。
お客の姿はまばらだったが、どのテーブルからも静かな笑い声があがっている。

店の中にはゆったりとした暖かい空気が流れている。

朝陽の料理を食べてくれた夫婦が席を立ち上がると、真由がさりげなくキッチンに目線を送った。

(朝陽ちゃん、お帰りだよ)

朝陽はキッチンを出ると、会計を済ませた夫婦を出口のところで見送った。

「どうもありがとうございました。お気をつけてお帰りくださいませ」

「とても美味しかったよ」
「また、来るわね。頑張ってね」
この夫婦は可愛いコックさんを相当気に入った様だ。
にっこり笑って手を振ると店をあとにした。


キッチンにもどった朝陽に英夫が声をかける。

「朝陽、ピッツァの伸ばし方を教えるからよく見てろ」
「はいっ!」

英夫は木箱から生地を取り出すと軽く強力粉をまぶした。
水分を多く含んだ生地はこうしないと台に張り付いてしまう。

両手を使って台の上で生地を回転させながら器用に伸ばしていく。

英夫は半分ほど伸ばした生地を手の甲にのせると、指先を開く様にして頭上で回しはじめた。

生地は遠心力であっという間に伸びていく。

生地を手に取ってから伸ばし終わるまでわずか20秒たらず。

英夫の手にかかると生地はまるで生き物の様に伸びていき、ピタリと皿の大きさにおさまった。
素早くソースを塗り、モッツァレラとバジルを乗せると釜の中に生地を置く。

朝陽は間近で見て改めて英夫の凄さを知った。

「朝陽いいか、ポイントは打ち粉の少なさと伸ばすスピードだ。
台の上で伸ばすには打ち粉が必要だ。
だが、打ち粉を打ちすぎると生地が粉っぽくなってしまうし裏が焦げる。

ナポリの職人はフライングをしない。

俺がなぜやるか。
それはフライングで伸ばす事によって打ち粉をほぼ使わずに生地を伸ばす事が出来るからだ。

手で触れている時間が長いと体温で生地がだれてしまう。
打ち粉を使わずに素早く伸ばす事によって、釜で焼いた時の熱効率も良くなって底がバシっと焼き上がるんだ」

英夫の説明が終わる前にピッツァは香ばしく焼き上がった様だ。
何とも言えない幸せな香りが漂ってくる。

「朝陽、食べてみろ」

朝陽はナイフとフォークで一口分だけ切ると熱々のピッツァを口に放り込んだ。

その途端、トマトソースの甘み、バジルの香り、とろけたモッツァレラチーズが口の中いっぱいに広がった。

薪で焼いた香ばしい香りとサクっとした食感も絶妙のハーモニーを奏でている。

「これがマルゲリータだ」

英夫は自分も一口ピッツァを頬ばると説明を続けた。

 

 

「イタリアにはこんな言葉が有る。


”ピッツェリアでは友情よりもピッツァが優先する”

ピッツァの寿命は焼き上がってからわずか5分。
それを過ぎると、どんどん冷めていって味は落ちる一方だ。


だから出てきたピッツァは食べる分だけ切りながらすぐ食べる。
友達の分が出てこなくても待ったりしないんだ。

俺は出来るだけピッツァの寿命を延ばしたいから皿も熱々にする。
当然、高温で一気に焼き上げたいから薪釜を使う。
余計な打ち粉を使いたくないのも、生地の底に余分な粉がついて熱効率が落ちるのがいやだからだ」

英夫はいったんそこで言葉を切ると、丸く切った厚手のタオルを持ってきた。

「ポイントはわかったな。
今日からこのタオルを持ち歩け。
フライングの練習にはこれが一番だ」

「はい、ありがとうございました!」
朝陽は興奮していた。

(お父さんってやっぱりすごい!私もいつかフライングが出来る様になるのかな・・・)

その日から朝陽は ”ピッツァ職人養成タオル” を肌身離さず持ち歩く事にした。



それから一週間ほど過ぎたある日の放課後・・・

この日はバスケ部の練習は無く、朝陽はそのまま店へ向かう事にした。
ふと思い出してカバンから”ピッツァ職人養成タオル”を取り出す。

朝陽は歩きながら両手を使ってフライングの練習をし始めた。
見よう見まねでやってみるが、やはりそう簡単にはいかない様だ。

(たしか、手の甲で回してたよね・・・  指先を開いてこんな感じで)

 

思い切って頭上に投げたつもりのタオルは、はるか後ろの方へ飛んでいった。

(あっ、いっけない!)

慌てて振り向くと、後ろから歩いてきた人の頭の上にコントのヅラの様にタオルが乗っかるところだった。

「あっ、すいません・・・」
謝ろうとした朝陽の言葉が途中で途切れた。

 

 


「直先輩・・・」

ヅラをかぶっているのは朝陽のあこがれの先輩・吉沢直志だった!

直志はヅラと朝陽を見比べながら不思議そうな顔をしている。
「お前、何やってんの?」

朝陽は急にドキドキしてきて何を話していいか分からなくなった。
閑静な住宅街の午後、周りには誰もいない。
ふたりを見守っているのは空にぽっかり浮かぶ白い雲だけ。

絶好の告白のチャンスに朝陽は舞い上がってしまった。

 

 

 


「あの えーと・・ あの・・・   好きです!」

「えっ?」

 

 


突然の告白にびっくりしている直志に、もう一度言い直す勇気など朝陽には無かった。

「あの・・ 私 その・・・ ピッツァが好きなんです。
死ぬほど好きなんです!
直先輩はピッツァ好きですか?」

「ピザ・・? 好きだよ。
宅配ピザって旨いよな」

 

 

「宅配!? あんなのピッツァじゃ無いですよ!
本当のピッツァっていうのは・・・」

それから20分

二人は肩を並べて歩きながらピッツァトークで盛り上がった。
と、言ってもその間直志が喋ったのは「へぇ と 凄いね」だけだったが。

「あっ、俺の家こっちだから」
小さな四つ角で立ち止まった直志が通り過ぎようとした朝陽に手をあげる。

「じゃあまた明日。
ピザの話面白かったよ、あ、ピッツァか。修行頑張って!」

「あっ、はい、さようなら。受験勉強がんばってくださいね」

朝陽はその場に立ち止まって直志の後ろ姿を見送っていた。
直志が角を曲がって姿が見えなくなると、朝陽は自分の頭をポカポカ叩いた。

「バカ、バカっ!せっかくのチャンスだったのに!
なんでピッツァの話なんかしてるのよ!
あーっ、もう朝陽のバカー!」

朝陽は自分に腹をたてながら店へと向かった。

 


朝陽と別れた直志は背中に熱い視線を感じていた。
朝陽が立ち止まって自分を見送っているのがわかる。
角を曲がって朝陽の視界から消えると、直志は自分の頭をポカポカ叩いた。

「バカっ せっかくのチャンスだったのに!
なんでピザの話なんか黙って聞いてるんだよ!

ピザでもピッツァでもどっちでもいいよ。
あーっ、もう直志のバカヤロー!」

直志は自分に腹をたてながら家へと向かった。

 

 

 

 

ー翌日ー

バスケ部の練習が終わると朝陽は店へと向かった。
さりげなく周りを見渡すが直志はとっくに帰ってしまった様だ。

「あーあ、昨日は失敗したなぁ」
未練がましく後ろを振り返るが、やはり直志の姿は見えない。



その頃、友達と別れた直志は学校への道を逆戻りしていた。

(昨日、このへんで会ったから)

(もしかして、もう帰っちゃったかな・・・)

直志は朝陽の姿を探しながら後ろ向きに歩いていた。


ドーン!

お互いの姿を探して後ろ向きに歩いていた二人は、運命の四つ角で思いきりぶつかった。

「痛ーいっ あっ、直先輩!」
「痛っ あっ朝陽!お前何やってんだよこんな所で。探してたんだぞ!」


「探してた?」

 


朝陽に聞き返されて直志は頭が真っ白になってしまった。

「いや・・ あれだ その・・・ えーと ツチノコ!ツチノコがいたんだよ!」

「ほんとですか!?どこどこ?」

「えーと、そこだ。そこの小沢さんちの玄関の前に」

「凄いっ 世紀の大発見じゃないですか!捕まえましょうよ!」

 

 

朝陽は近くに落ちている木の枝を拾うと一本を直志に手渡した。

「直先輩、私が追い出すから出てきたら捕まえて下さいね」

「了解!」

こうして急きょ結成されたツチノコ捜索隊は、息を殺して小沢さんの家に近付いて行った。

「いくわよ、直隊員!」
「準備オッケーです、隊長!」

朝陽はそろそろと小沢さんの家に近付くと「わーっ!」と大声をあげながら木の枝で垣根を叩いた。


しかし不思議な事にツチノコは出てこない。


変わりに目を吊り上げて怒っている小沢さんが出てきた。

「コラー  人の家で何やってるのー!」

小沢さんのおばさんは、近所の主婦の間で《4丁目の虎》と呼ばれて恐れられている。

その丸太の様な右手ですりこぎを振り上げている《虎》を見た朝陽は撤退を決意した。

「直隊員、捜索打ち切り!退却ー!」
「了解!隊長、先に逃げて下さい!」

二人は木の枝を放り投げると全力で走り出した。

 

 

 

それから20分

二人は肩を並べて歩きながら幻のツチノコトークで盛り上がった。

「あっ、俺の家こっちだから」
小さな四つ角で立ち止まった直志が朝陽に手をあげる。

「じゃあまた明日。ツチノコ捜索隊面白かったよ、修行頑張って!」
「さようなら、また明日ね!」

朝陽はその場に立ち止まって直志の後ろ姿を見送っていた。
直志が角を曲がって姿が見えなくなると、朝陽は自分の頭をポカポカ叩いた。

「バカ、バカっ!せっかくのチャンスだったのに!
なんでツチノコの話なんかに乗っちゃったのよ!
ツチノコなんかいるわけ無いじゃない!
あー、もう朝陽のバカー!」

朝陽は自分に腹をたてながら店へと向かった。



朝陽と別れた直志は背中に熱い視線を感じていた。
朝陽が立ち止まって自分を見送っているのがわかる。

角を曲がって朝陽の視界から消えると直志は自分の頭をポカポカ叩いた。

「バカっ せっかくのチャンスだったのに!
なんでツチノコなんだよ!朝陽もなんで乗ってくるんだよ!
あー、もう直志のバカやろー!」

直志は自分に腹をたてながら家へと向かった。

 

 

 

 

ー翌日ー

バスケ部の練習が終わると朝陽は店へと向かった。
しばらく歩くと運命の四つ角が見える。

塀にもたれかかる様に立っているのは・・・  直志。

 


朝陽はまっすぐに近付いて行くと直志の顔を覗き込んだ。


「また、ツチノコ探してるの?」

直志はちょっと恥ずかしそうにはにかんだ。



「いや、お前を探してた」

 

 

真っ青な空にぽっかりと浮かんだ白い雲だけが二人の事を見守っていた。

 

 

④へ続く・・・